「過集中」という名の諸刃の剣。それは最強の武器か、それとも破滅へのスイッチか。

「過集中」 この言葉を聞いて、あなたはどんなイメージを持つでしょうか。

すごい集中力? 天才の証?

いえ、当事者である僕にとって、これはそんな単純なものではありません。 今日は、僕たちの中に潜むこの「過集中」という、扱いづらいエネルギーについて書いてみたいと思います。

さて、過集中は、僕たちの敵なのでしょうか、それとも味方なのでしょうか。

まず、「敵」としての側面。

これは皆さんも経験があるかもしれません。過集中は、往々にして「今、それじゃないだろ」というタイミングで発動します。

例えば、部屋の片付けをしていて、昔のアルバムを見つけた瞬間。あるいは、ちょっと調べ物をしようとスマホを手に取った瞬間。 気づけば何時間も経っていて、本当にやるべきことは何一つ終わっていない。 無意味なことに膨大な時間を浪費させてしまう、恐ろしい「引き金」です。

一方で、「味方」としての側面も確実に存在します。

いわゆる「ゾーンに入った」状態です。 この時の爆発力は凄まじい。普段の自分では考えられないスピードとクオリティで、限界を突破して仕事を終わらせたり、作品を作り上げたりしてしまう。 「あ、自分ってこんなにできるんだ」という万能感。 これは確かに、僕たちの「強み」です。

しかし、ここからが本当の恐ろしさです。 過集中自体は、決して褒められたことではありません。なぜなら、それは「借金」だからです。

一度このゾーン体験をしてしまうと、厄介なことに自分の中の「行動の基準値」が上がってしまいます。 「本気を出せば、あのスピードでできる」 そう脳が誤学習してしまうのです。

その結果、どうなるか。 締め切りギリギリまで動けなくなり、土壇場で無理やり自分を追い込んで、意図的にゾーンへ突入しようとする癖がつきます。 車のエンジンで言えば、常にレッドゾーンまでメーターを振り切って走っているようなものです。

自分を極限まで追い込んで目標を達成した瞬間は、確かにドーパミンが出て気分がいい。 けれど、その代償は必ずやってきます。

エンジンの出力を振り切った後は、まるで「燃えかす」のように真っ白になり、元気がなくなってしまう。 「何もしたくない」「指一本動かせない」という、深い虚脱状態に落ちていくのです。

これが、過集中を利用しようとした者への、手痛いしっぺ返しです。

かといって、過集中を野放しにすれば、また無意味なことに時間を浪費する日々に逆戻りしてしまう。

利用しようとすれば燃え尽き、放っておけば浪費する。 過集中とは、決して都合の良い「魔法の杖」ではありません。扱いを間違えれば自分を傷つける、切れ味の鋭すぎる「諸刃の剣」なのです。

いかにして、この暴れ馬のような過集中と付き合っていくか。

完全にコントロールすることはできないかもしれないけれど、乗りこなそうとして振り落とされないように、手綱の持ち方を覚えること。 「今日はエンジンを回しすぎたな」と気づいたら、意識してブレーキを踏むこと。

この「付き合い方」を見つけることこそが、僕たち過集中を持つ者が、長く走り続けるための最大の課題なのかもしれません。

ゴリアス

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