スタッフブログの読者の皆様、はじめまして。 このたび、こちらのブログで記事を書かせていただくことになりました、ゴリアスと申します。
これから様々な情報を発信していくにあたり、まずは私がどのような人間なのか、少し長くなりますが自己紹介をさせてください。
私は元々、新聞記者として言葉を紡ぐ仕事をしていました。文章を書くことは幼い頃からの得意分野で、小学校低学年の頃から絵のない分厚い本を読みふけり、作文の授業では先生に褒められるような子供でした。しかしその一方で、私は極端な「デコボコ」を抱えた人間でもあります。
実は私には発達障害があり、自閉症スペクトラム症(ASD)という特性を持っています。
そのことに気づいたのは大人になってからですが、思い返せば子供の頃から予兆はありました。傘を年間で数十本なくしたり、貴重品を何度も紛失したり、毎日決まった時間割を揃えることすらままならない。
人一倍気をつけて努力をしているつもりなのに、なぜか同じ失敗を繰り返してしまう。周囲からは「やればできるのに、サボっている」「やる気がない」と誤解され、私自身も「自分はダメな人間だ」と悩み続けてきました。
社会人になり、新聞記者として働いていた頃は得意の文章力を活かして評価をいただくこともありましたが、その後、人生の歯車が大きく狂い始めました。
苦手な事務作業が中心の仕事に就いたときのことです。
数字の計算や単純作業、長時間の集中力を要する業務は、私の脳の特性上、どうしても処理しきれない分野でした。それでも「努力不足だ」と自分を追い込み、毎日12時間以上働き続けた結果、私は重度のうつ病を患ってしまいました。心と体が悲鳴を上げ、働くことどころか、生きることさえ辛い日々が3年も続きました。
そんな暗闇の中で出会ったのが、「大人の発達障害」という言葉でした。
就職支援のカウンセラーの方に指摘され、関連書籍をむさぼるように読んだとき、長年の謎がすべて解けた気がしました。私が苦しんでいたのは、怠慢でも能力不足でもなく、脳の「ワーキングメモリー」というテーブルの面積が人より少し狭かったからなのです。
「自分は発達障害だったのだ」
その事実は、私にとって絶望ではなく、究極の救いでした。自分の努力が足りなかったわけではなく、単に「向いていない戦い方」をしていただけだと気づけたからです。片足がない人が「足を生やす努力」をするよりも、義足という道具を使ったり、車椅子という手段を選んだりする方が前に進めるのと同じことです。
それ以来、私は自分の「取扱説明書」を作ることにしました。自分の苦手なこと、できないことを素直に認め、その代わりにある「書くこと」という最大の武器で勝負しようと決めたのです。自分の弱点を受け入れ、周囲に理解を求めながら、得意分野で誰かの役に立つ。そう開き直ってからは、再び社会の中で息ができるようになりました。
これまでの道のりは決して平坦ではありませんでしたが、その「デコボコ」な経験があったからこそ、今こうして皆様に向けて文章を書くことができています。
新聞記者としての経験、うつ病との闘い、そして発達障害という特性との付き合い方。これらすべてが、今の私「ゴリアス」を形作る大切な要素です。
このブログでは、そんな私の視点を通じて、時には真面目に、時には笑いを交えながら、皆様の心に届く記事を書いていきたいと思っています。どうぞ、よろしくお願いいたします。
ゴリアス


