「おはようございます、こんにちは、こんばんは! 本気まるだし、ホンマルラジオ!」
そんな元気な掛け声で始まった今回の『凸凹ダイアリー』。 パーソナリティのゴリアスさん、和子(かずこ)さん、miwaさんの3人がお届けするこの番組は、障がいや福祉をテーマにしつつも、決して堅苦しくない、笑いあり本音ありのトークが魅力です。
今回は、子育て中の親なら誰もが一度はぶつかる「子供の手助け、どこまでやるべきか問題」について。 障がいがある・ないに関わらず、「これって甘やかし? それとも必要な支援?」と迷う親心と、支援される側のリアルな心情が交錯する、深いけれど笑える神回となりました。
終わらない玄関の攻防戦!「もう全部脱いじゃいなさいよ!(笑)」
冒頭、和子さんが切り出したのは、子育てにおける「親の介入ライン」についての悩み。 その悩みは「障がいがあるから、ないから」というよりも、もっと普遍的な「親子の自立」の話のようです。
🌸和子: 子育てのくくりとしてね、障がいを持っているお子さんでも、持っていなくって順調に育った子でも、子育ての段階でその悩みって一緒だなって思ったんですね。 それを「何歳でやれるようにならないといけないか」っていうハードルの違いだけなのかなって。
🍀miwa: うんうん。
🌸和子: 帰ってきたらそのままポンって脱いで、お風呂入る時はズボン、パンツ、全部一緒に脱いでバーン!と洗濯機の中にまとめて入れる!
🍀miwa: あははは!(笑)
🌸和子: そういうことって、子育ての中でも日常茶飯事であること。ただそれが、徐々に徐々にできていくことなんだけれども……何歳になってもできないっていうことは、親の線引きでもあるのかなってちょっと思いましたね。
🎤ゴリアス: なるほどなぁ……。 親の線引き、親がどこまで「ここまでしないといけない」って思うかですよね。
🌸和子: そうそう。中学生になっても、うちの娘もやってましたもん。「あなた、いつまでそうしたの!」って(笑)。 でも私はそれがすごい笑けて。
「ごめんなさい」が口癖になってしまう心理
ここで、ご自身も発達障がいと精神障がいの「ダブルパンチ(ご本人談)」を持つゴリアスさんが、「支援される側」としてのリアルな心情を吐露します。 ついつい口に出てしまう「ごめんなさい」という言葉。そこには、当事者ならではの切実な思いがありました。
🎤ゴリアス: 僕も障がいを持っておりまして。何かしてもらうってことがすごく「申し訳ない」って思ってしまうんですよね。 支援されたりすると、すぐ「あ、ごめんなさい。謝っちゃうんです」って。
🍀miwa: あー、謝っちゃう……。
🎤ゴリアス: 結構これ、口癖になってて。すぐに「ごめんなさい」「すいません」って言ってしまうんです。
🌸和子: 手を出してもらって、助けてくれたんやから「ありがとう」なんだけどね。
🎤ゴリアス: そう! 「助けてくれたんやからありがとう」なんですけど、やっぱり口癖なんでしょうね。「ごめんなさい」「あ、すいません」って言ってしまうところはあるんですよね。
「すみません」より「ありがとう」が聞きたい
ゴリアスさんの話を聞いて、和子さんとmiwaさんが、それぞれの視点で語ります。
🌸和子: 見ちゃうと、やっぱり手を出してしまいますよね。「じゃあ私代わるんで洗ってしまいますよ」みたいな。
🎤ゴリアス: うんうん。
🍀miwa: なんか私、自分が一番いつも「お願い」してるような気がするんですけど(笑)。 「すみません、何々してらもらえますか?」とか。会社で代表っていう立場でお願いする時にしても、「君、何々やってくれたまえ!」みたいなことを 一回言ってみたいんだけど(笑)。自分が一番お願いしてるような気がするんです。
🌸和子: でもやっぱり、「ごめんなさい」じゃなくて「ありがとう」って言ってもらってる方が多いかな?
🍀miwa: コピーお願いする時も、「すいません、すいません」って言われるより、「これやっといてもらえますか?」「あ、ありがとう!」って言われる方が、お互い気持ちいいですもんね。
編集後記
「ズボンとパンツを一緒に脱いでバーン!」という和子さんのお子さんの豪快なエピソードに笑いながらも、その裏にある「子どものありのままを受け入れる」という温かい視線を感じた今回の放送。
また、ゴリアスさんが語ってくれた「つい謝ってしまう心理」は、支援する側・される側の心の距離感を改めて考えさせてくれました。 「ごめんなさい」を「ありがとう」に変えるだけで、関係性はもっと温かいものになるのかもしれません。
凸凹があってもいい。靴下がちぐはぐでもいい。 そんな優しさが詰まった『凸凹ダイアリー』、次回もどうぞお楽しみに!


